River Time Dance

ひとつの踊りをした。
それはとても深さがあるわけではない。
そんなに近くにあるものじゃなくて、もっと遠くて、知らない世界の。

会社が休みの今日、いつもの時間よりも長い睡眠から起きると、
見慣れた景色の自分の部屋でのそりと静かに動いている。
それは何かに、待たれていない証拠だ。
ぼくは、仕事がない日、つまりはこの日も何かに対して役割を果たすことはない。
自分の時間が流れる。ただそれだけだ。
だから今こうやって、いつもより雑に歯を磨くのも、照明としてTVを見るのも、
3分より少し早く食パンをトーストから出してジャムを塗って食べるのも、ぼくの時間だ。
冷蔵庫から出したブルーベリージャムの瓶が17日間程で無くなってしまって、空になったので、
水道水を濯いで回してから、蛇口の上にある鉄のラックに置いて乾燥させた。
後でゴミとして出すにしても、何かのものを入れるにしても、これがぼくは好きだ。
それがぼくのひとつの時間だ。
 しばらく禁煙していたが前のようにまた吸いはじめた煙草を吸う。銘柄は特に気にしていない。
大学の時にバイト先の先輩がくれた煙草をいまでも吸っている。
気に入ったというよりも変える理由が別になかった。
吸いながらTVをザッピングしてみるが、すぐに飽きた。
もう、止まっているのか、動いているのか、わからないニュース達にうんざりしていた。
数年前からほとんど見なくなった。
今でもTVを見るのは、買ってきたDVDを見るのが主な視聴方法で、たまに見たりする地上波は期待しては、裏切られている。
それを何度も繰り返している。ぼくから切っ掛けがあってそうしてる訳でもなくて、TVが切っ掛けを作っていると思う。
うまく説明できないけど、そんな感じだ。携帯電話が鳴った。
大学の時からの友人で、Tからで、彼女も休みらしくて、「夕食でもいかない?」とのことだった。
ぼくも彼女も平日に休みなることが多い。
世の中の多数派なのか、少数派なのかよくわからないけども、都合が合わせやすいから付き合うことが多くなり、
いまでもたまに誘いあっている。
年末に会う予定だったが、彼女が仕事が忙しく来れなくなったので、今年のはじめに会って以来だ。
会っても、別に他愛もない話しばかりだ。それが、お互いに性に合っているようで気兼ねなく誘える。
他の人から見れば真剣と呼べる話なのかわからないが、将来のこととか、関心事についても話したりする。
もちろん、ぼくは男だし、彼女は女。
だけど、そこに大きな隙はない気がする。
むしろ、時間や価値観やちょっとした出来事、事実と言ってもいいかもしれないが、
そんなものを一緒に体験出来た、しようとしたのが繋がりになった。
もっと正しい表現があるのかも知れないが、兄妹のような気分でいると思う。
でも今思い出したけれど、以前には友達と思ったことがある。
たしか、社会でたら大学の時と違って一緒にいる時に比べて、居るも約束することも少なくなって、
それでも付き合っていくのは友達だって、何かの本に書いていて、なるほどと思った。
そういう意味じゃ、友達だろう。それを思い出した。

「18時にいつもの集合。」と返信して、すぐに了解のメールが届き、携帯電話をテーブルに置いた。
二枚の食パンを載せてくれた器とグラスを洗ってから、先に濯いでおいた瓶と同じ鉄のラックに干した。
今日は、気持ちがいい天気だ。
雨が降る事の無い雲が青空のなかに邪魔にならないように居てくれるお陰で、春に寄ったこの時期の温度の風と調和している。
朝起きて、水面台の窓を歯を磨く時に開けておいたから入ってくる風が本当に気持ちがいい。
冬の肌に立つ風が時より濁りながらも、春の風がそれをゆっくり寝かせ着けてくれ、そして蒼い時間を忘れずに添えられている。
本のしおりのように。
10時34分、Tとの待ち合わせまではまだまだある、ぼくひとりの時間に入ってこられることはない。
部屋のベランダに見える西南西の少し高い台になっている所に学校がある。100メートルぐらい離れているだろうか。
グランドからは春休みの野球部が放つバットの金属音や掛声など、
社会という所に出たぼくの普段からは見えない音たちが聞こえる。
それも、今のぼくにとっては時間のなかに入れることが出来る。余裕という類いのものなのかはわからない。
それは他の人から見ればもっと油断とかされるものじゃないかな。
いまの仕事をはじめて半年ほど経ってから一人暮らしをすることにし、自然とそういう考え方をするようにした。
いや、むしろそうなったと言うべきだろう。
パソコンは今はメールや検索、通販を頼む程度で、
1年半前に壊れてしまったのでデスクトップのパソコンから買い替え、出張にも持参出来るノートパソコンを使っている。
デジカメに撮った写真を加工して書いた去年の年賀状はなかなか好評だった。
年末の忙しい時期の最後の連休を費やしてやった甲斐があったが、
何かのミス操作をしてしまったらしく今年もいままでに届いた年賀状を見返して、新しく作り直さなければならない。
音楽はほとんどTVを見ないせいか、ポップな音楽はほとんどしらない。
同僚にそれについて話をはじめられたら弟子になるしかないから相手も腑に落ちないようだ。
ぼくも恐らくTVを見る生活やそれについて長けていたら、同じような感想を持つだろう。
だからなのかはわからないが洋楽や邦楽というのをほとんど意識聞いていない。
Red Hot Chili Pappersは高校の時にラジオで聞いて以来好きだから、新しいアルバムも購入した。
派手なのか、地味なのかわからないカリフォルニアの臭いが性にあっている。
英語はジャパニーズイングリッシュで意味はわからないが、
音楽を好きっていうのは、そんなもんじゃないかと思っていまでも聞いている。
たくさんCDを持っているわけではないが、映画で気に入ったサントラや大学時代の友人が教えてくれたジャズのCDとか、
傾向はあまりに変わらない。
場所柄なのか電波が入らないので聞けないラジオの代わりになるものがないので、
直接CD屋に行って視聴しながら物色して気にいったのを買ったりする。
店の店員さんと仲良くなりたいとも思うが、顔見知りになると話しかけられて薦められたりするのも面倒なので、
店を色々変えたりしてる。
だが、先日駅前の店で店長らしき中年の人にRed Hot Chili peppersの新しいアルバムをカウンターに持っていた時に迎え入れられて、
話しはされなかったが、前から何度か対応していて眼を付けられたらしく、嬉しそうに送りだしていた。
もしかしたら、ぼくの思い過ごしで「ご機嫌な親父だった」ならまた行こうと思っている。

みんながどれぐらい読むかはわからないけど本は、本屋で立ち読みした何とか賞を受賞した小説のを読んだり、
会社の同僚が読んで面白かったという短編集やファイクションを読んだりするぐらいだから読書家ではない。
ミステリーも数冊読んでみたけれど、どうもリズムが合わないようで、恐らくだけどぼくが休日に読むリズムと合わないみたいだ。
だけど、短編だと上手くぼくのリズムと取り合っているようで、スムーズであり、休日のなかに含めてくれる爽やかさがある。
小説も地面と繋がっているみたいで長い距離を走るマラソンのように時間を掛けて行くのがいい。
マンガは、学生時代から雑誌とかをほとんど読まないせいか、ポピュラーなのは手を出さないで、
表紙やタイトルを見てCDのジャケ買いをするように眼に付いてから買う。
少女マンガに何度かトライして見たけれど、ストーリーとかが苦手というよりも、話し方がどうも性に合わないようで断念した。
これは多分現実と一緒だろうと自分では思っている。
大袈裟な言い方かもしれないが生き方が違うとか、住む所が違うとか、嫌っている意味じゃなくて、
お互いに尊重しあったら積み重ねたらそうなる、そんなようなことだと思う。
先日同僚が新たな本を何冊か教えてくれた。
年末に何とか賞を受賞した小説と、アメリカのあまりにも有名ではない映画の原作にもなった古い小説とかを教えてくれた。
同僚の彼はそういうことに対しては熱心で、時にはネット情報を得て、本屋でされる作家のサイン会にも足を運ぶみたいだ。
昼時に聞いたしようとするのがこっちも失礼なんじゃないかと思ってしまうほどで、
タイミングを見つけお互いに話をはじめるのは、ぼくにとっても、
彼にとっても一つの勉強になっているようだし、何よりも断られてもいいという態度で接してくれるのはありがたい。
だからこちらのぼくも意見を変化させようとさせたりしようとする技術を求められずに
楽しんでいられるメジャーリーグを見ているみたいに感出来たりするのは、彼のおかげだろう。
時より見せる思いも寄らない話しにも習慣やクセの違いのようなものとして関わることが出来るのは興味深い。

12時40分。小学校から聞こえていた音が無くなり、部活をしていた生徒達が昼休みに入ったらしく静かになり、
ぼくもお腹が空いてきたので、お昼ご飯にすることにした。
ご飯のメニューに種類は少なくて、炒め物にするかパスタにすることが多い。
後は定番の肉じゃかやカレーとかぐらい。
食器は一人暮らしをはじめたて買ったいくつかと、同僚と両親が祝いとしてくれたものだ。
こんな時に世の中に先輩ということを改めて感じて、感謝する。
いくつかは割ってしまったけれど、重宝していて我が家の大切なアイテムなことは確かだ。
昨日の仕事の帰りに買い込んでおいたパスタのレトルにすることにした。
以前はミートソースが多かったが近頃はキノコやタラコを使っていて、クリームソースになっているかどうかはあまりに気にしない。
サラダを皿に載せてたのを出来るだけどんな料理でも添えるようにしているが、メインに眼を向けているせいか忘れてしまうことが多々ある。
ドレッシングはシソをベースにしたのがぼくの作る料理たちとあうので、決めたメーカーはないけれど、それに手を出す。
栄養バランスだとかは整っていないだろうがこれはこれで、だいたいの収まっているだろうと解釈している。
今日はこれから外で食事をするという理由でサラダは作らないが、ただし、もやしを入れた卵のスープにしてみた。
パスタは、塩が少し多かったようだが、きのこのレトルが頑張ってくれたお陰かまずまずの食事だったと思う。
食事をしている時に点けていたTVのニュースで流れていた海外の(アメリカだった思うがさほどそれが重要だと思って見ていなかったので、
覚えていない)映像がとても綺麗だ。
TVの音声は消して、ぼく好みの音楽を再生していたから、内容はわからないが、
大きな渓谷に橋が架かっていてそこから眺める湿り気のない日本では見ることない土の谷と、遥か下を流れる川と、
観光客らしき多数の人の風景。伝えているのが問題なのか、
報告なのか、もしくはお知らせに当たるものなのかはいまとなってはわからないが、
綺麗に見ていられるその映像の短さはさほど気にならないぐらいだった。あとでノートパソコンでネットを開いてみると、
トピックスにこのニュースがあった。
やはりアメリカであの大きな川の水位が温暖化により上がっていて、壁面の乾燥した土が削られてしまう可能性があるようだ。
記事の続きには土が削られてることで水質や生態系が変わってしまうことや、
水の汚染より観光客の減少を川の写真を添えて、断定ではなく、推測の文が掲載されていた。
ぼくが見た綺麗な風景と、このニュースを頭のなかで処理しているからか、以前北欧のどこのかの国で、
都市郊外から離れた綺麗な森は長年あまり人が寄らずに地域の人々しかいなかったけれど観光客が訪れるようになったことで
木の根が痛んだり、花の受粉範囲が変化したことで森の生態系まで変わったしまったと、
仕事から帰った時につけてやっていたニュース番組の特集を思い出した。
二つのニュースで感じるのは怒りや悲しみの量があり、ぼく自身がそれに対して驚いた。
そして、すぐ後に少しでも涼しくなればいいのにと春先の自宅でぼくは思い、落ち着いた。
食べ終えた後に一服の煙草を一本点けたから、二本目の煙草はぼくが見た綺麗な風景を浮かべながらの一服になった。
川のことが気になったから今度いつ見るかはわからないブックマークを作っておいた。
ノートパソコンが置いてある机の前から立ち上がって、灰皿を手にして何本か煙草が入っているので、
冷蔵庫の横にあるゴミ箱へと捨てて、水で軽く洗ってから排水溝の中に、灰が混じった水とは名付けるには申し訳ものを流そうとしたが、
一つ間を空けてから、キッチンタオルで吸い取ったのを、ゴミ箱に捨てることにした。本当はこれも乗り気ではなかったが、他に思いつかなかった。
灰皿を元のテーブルに戻して、食器を手にして、水場へと運び洗った。
食器と鍋を洗い終えて、鉄のラックに掛けて、透明のガラスのコップに少し水を注ぎ、キッチンの上に置いてある小さなプラントに水をやった。
今朝もやり忘れたほどだから熱心ではないけれど、殺風景な部屋に置物として、それと季節の流れがわかるようにと時計のような存在になっている。
ちなみに時計は置いていないから、本当に時計かもしれない。会社の駅近くにある雑貨店に、引っ越しの後に鍋を買いに行った時に一階のコーナーで一緒に買ってきた。
名前は鉢に刺さっているネームプレートのようなものが示してくれているだけだから、熱心ではないが、割と気に入っている。
それからコップを鉄のラックに掛けて、机の前にぼくは戻った。Red Hot Chili peppersの新しいアルバムを再生することにした。

ベランダに眼を向けると、綺麗だから、椅子を回して、身体もそちらに向けた。先まではマンションの上に雲と太陽とが真上になっていたので、
30度ぐらいの角度のついたブライドと調度ズレるように影が目隠しをしてくれていた。
少しずつ、少しずつ、太陽が角度を向けて行き、ブラインドの隙間から陽が入りはじめた。照明が消されたキッチンへと光の筋が幾本か出来て、何かの指し棒のようだ。
二つある一つをオープンしているので風でブランドが、たまに薄いステンレスの擦れる音がする。
ステンレスとステンレスの間を、真上にあった雲や春先の風に流されてきた小さな雲、大きな雲が塗っているのは綺麗だ。
備え付けで元々あったこのモスホワイトのブラインドと雲の濃さが光の加減で入れ替わっている。
ぼくは、ブラインドの摘みを回して全開にして、スリッパを履いてベランダに出た。昼下がりになってきたせいか、近所を散歩する犬や部活が再開された音が聞こえた。
春先の夏のような濃さや冬のような透明な青ではなくて、淡さと濃さが混じっていて、調度入り江の水のような混じり気があり、
空だけを見ていると遠近が掴めなくなる。視線を下に戻して、ベランダのコンクリートに映し出されたハンガーと物干し竿の影が現在のポジションを違う方面で教えてくれる。

ノートパソコンを閉じた。TVは消しいたから、後は照明はベランダの戸とブランドを閉めるだけだ。顔を洗い直して、髪を整えてみた。
こだわらないから、こんなもんかとすぐに納得した。
水面台のそばにある窓から風が入り、閉め忘れていたことに気づいて、閉める。
グレイのワイシャツの上に、紺のジャケットを羽織った。
少し寒いかとも思ったが、駅まで歩いていくので暖まれば、適温となるだろう。
ジーンズに財布と携帯を入れて、家の鍵をかけた。廊下を歩きながら、壁の上の小窓から見える空がやはり綺麗で、
見ながら歩き階段を降りていく。郵便ポストと駐輪場を抜けて、道路に出て、駅に繋がる商店街へと歩く。
家の近くは昔からの家屋とおばあちゃんが大家さんの木造アパート、中規模の市営団地が多かったようだが、
ぼくの部屋のようにマンションや一戸建ての家が増えてきていると、借りたときに不動産屋さんが言っていた。
コンビニは駅に一つと、部屋から歩いてすぐの郵便局の真向かいにある。
そのコンビニでは放課後の学生がよく話しをしながら過ごしているのを見かける。
商店街は数年前に大きなスーパーが進出して来た打撃をくらい苦しんでいるようだが、
若者や脱サラした人たちが美容店や服屋、喫茶店が店を構え、なんとか踏ん張っているようだ。
来月には雑貨店もできるらしくて、毎朝通ると扉から見える店内の準備中の様子が見える。
一匹の犬が吠えた。先ベランダから聞こえていた犬かとも思ったが、先の犬が1回ずつの吠えるのと違って、連続で吠えるから違うようだ。
でも、商店街のなかを曲がって奥の路地に入って行くまでの後ろ姿をずっと見ていた。

駅につき、時計に目をやると、急行に乗るまでもないので、普通で待ち合わせの駅まで向うことにした。
ホームには会社帰りの人は疎らで、学生が多かった。スポーツバックを持っているのがほとんどだから、
駅を挟んだ家とは反対側にある高校の学生だろう。春になると、通学が始まり、通勤と重なるからホームは混み合う。
先生らしき人が生徒と歩きながら話している光景は微笑ましくて、見ていて飽きない。
先にぼくのホームとは反対に電車が止まり、その後すぐにぼくの前にも電車が滑り込んで来た。
電車に乗ると乗客は4割ぐらいで座るのに探しほどもなく、腰を降ろした。
電車のなかには、母親と一緒に近くの映画館に春休みを利用して行ったらしく嬉しそうに感想を話している男の子の小学生が居て、
グッズを手に持ちながら父親はもっと嬉しそうに話しを聞いていた。
下車駅近くになると、椅子の上に裸足で乗っていた男の子に靴を履かせて、電車を降りながら今晩のおかずは何がいいかを訊ねていた。
カレーかなっと、勝手に思った。何駅かしてから、大学生ぐらいの女の子がスーツケースを持ち、
友人の女性と二人で扉近くの席に座り、話していた。どうも二人とも話し方から察するに地元ではないようで、訪ねて来ていたようだった。
そうこうするうちに陽で赤く空が変わりはじめ、雲と空の入り江から海に出た気分だった。
川のを通る手前で、電車のなかに照明がついた。節電なのか一部だけつけていたのが、全部つけられた。
川の鉄橋を通るときに、後ろを向いて川の水面を見ると、暗がりになってきた中に電車の光と夕陽が混じっているのは、
昼過ぎた頃の部屋の風景と同じ位に綺麗だった。
それと、その光が当たる所から少し離れた所の川の青さや堤防の冬から春に向っている草の緑が鉄橋での半分だった。
7駅で発車と停車を繰り返すうちに、人が増えはじめ8割ほどの乗車になった。

市内の駅に着くと、時間は10分程前。ゆっくりと駅のホームから階段で降りると、
会社帰りと仕事中のスーツ姿がぼくが電車に乗った時よりも増えていた。
改札口の手前にあるトイレに寄ってから、出て携帯電話を見る。彼女からメールが着ていた。
「ごめん、10分ぐらい遅れます。」と書かれていたので、先にお店に行って席をとっておこうかとも考えたが、
何度も食べにいったことのあるが満席になることはまずないので、待っておくことにした。
「わかったー、待ってます。どうぞ急がずに。」と返信。それから改札を出てすぐにある売店で缶コーヒーを買う。
ブラックにしようかと思ったが、缶コーヒーのブラックの香りはドリップやミルされたコーヒーを喫茶店などで飲んでいると馴染めず、
牛乳とかとロゴが入っているのを選んだ。
コーヒーと缶コーヒーは別ものとした方がわかりやすいから、いっそのこと缶コーヒーから名前を変更すればいいのにと思ったりもする。
売店の向い当たりに喫煙所があり、灰皿と空気清浄機が配置されていて、もちろんマナーについての貼り紙も忘れずに貼られている。
ジャケットから出した煙草に火を点けて、缶コーヒーを空けながら、一服する。
普段も見る風景のはずの駅や人々を、数週間や数ヶ月に一度にこうやってぼくが休日の状態でみる、なんだか不思議でたまらなくなる。
でも、それはぼくの側や見る風景のどちらが突出したり、それか少し足りなかったりするんじゃないと思う。
それぞれが山を持ち合っていて、氷山の一角を見合っているのかもしれない。雲の下にあるはずの麓や川や町なんかは同じだと思うと、
素直すぎるぐらいにありがたく思う。
今日ぼくが昼に見た雲をどこかの誰かが、また見ていると思うと、楽しい。
もしかしたら、もっと違う姿になったかもしれないけど、そうなるべき雲だったかもしれない面白さもある。
消した煙草を灰皿に入れて、売店の横に置いている空き缶入れに缶コーヒーを放り込んで、
並んで配置されている煙草の自販機に硬貨を投入して一箱買って、取り出し口から出した箱を、ジャケットのポケットに入れる。
「いま駅に着きました」と彼女のメールと上を通る電車が知らせる。
いつもは駅のすぐ近くにあるCD屋で時間をつぶしながら店内か店前で待ち合わせるけど、予定を変更して、
改札口の前で待つ事にして、携帯で電話をして、彼女にそう伝えた。

駅の高架下のATM、ラーメン屋、居酒屋などを横目にしながら二人で歩く。
会社帰りの人もいるが大学生らしきぼくたちの後輩の方が多くて、一日遊んだかそれともこれから遊ぶという表情と足取りを話し声が彩り、
一日は思っている以上にたっぷりとあり、塗り忘れがないことを待ちたい。
彼女は春から別の課へと配属されるのが決まったから一冊本を買っていた。
「入社した時に経理で希望を出してたんだけど、それが6年越しで叶ったのは嬉しいんだけどさ、勉強しなおさないとってのもわかるから、
今家に仕舞い込んであった本を読み直してて、それでも足りないから、
ていうよりもそれじゃいま合わない所がたくさんから一から資料集めしたり、同僚に教えてもらってるのよ。」
企画課に配属された彼女らしく、情報の集め方や縁に関しては上手だ。
「そうかぁ、悔しがってたもんなぁ、入社した当初は。それがいまや会社の立派な一員だもん、すごいわ」とぼくが言うと、
彼女は笑った後に「立派ではないと思うけど、たしかに一員ってのは当たってる。入社した時はやれることをやろうって意識してなかったけど、
いまはとりあえずやれることって、後輩にまで言うもん」とまた笑いながら言って、目をこちらに向けた後に前を見直した。
通り過ぎたカラオケ店から聞こえて来た卒業の歌の中に旅立ちという歌詞があったから、「旅立ち?」と思わず言ってみる。「
旅立ちかなぁ?巣はどこだったんだろう。どこだと思う?」と思いもしなかったことを訪ね返されたので、
少し間をあけてから「歩いて、食べて、寝ることかな」と返すと、「そりゃそうだわ」と笑いながらうなずいてくれた。
前は居酒屋やイタリアンしか知らなかったからよく食べに行っていた。
そろそろ手詰まりで飽きて来た去年に会社の人に連れられて飲み会をした和食の店が美味しくて、
彼女を誘うと賛同してくれ、それからよく通っている。

お店に着き、奥から二つ目のテーブルに着く。
和食の店と言っても堅苦しくなく我々の世代でも寛げる店になっている。
お値段ももちろんだけど、馬刺や大根の煮付けなどのしっかりと料理というのもあれば、和食のらーめんなんかもありから気軽に頼みやすい。
お酒なんかもカクテルやビールと梅酒や冷酒があるのがゆっくりした雰囲気に浸りやすい。
予約もすれば個室を使えるようだけど、二人だとかえって改まってしまいそうなので先輩と来た時以来二人ではまだ使ってはいない。
テーブル席はTVなんかで見る方ような背筋を伸ばして座る席ではなくて、
ソファなのでカフェに来ているみたいだし、安っぽくない素材とかデザインだから余計に嬉しかったりする。
駅から歩いてくると身体が温もりジャケットを脱ぎ、ソファに掛けようとすると、店員さんが近づき、
「ハンガーにおかけしましょうか?」と促してくれたので「お願いします」と答えた。
ハンガーを受けとった後に店員は彼女に「そちらのお客さんはどういたしましょうか?」と促し、
「結構です、ありがとう」と薄手のカーディガンだったのでそのまま羽織る。
テーブルに置かれたメニューを開き、二人で見ながら決めて、手を挙げて店員さんを呼び、オーダーを言う。
すぐにビールが運ばれてくる。二人で「お疲れ様。」とグラスを合わせた後に、
「前は飲み会なんかでビールを飲んだりしなくちゃならない雰囲気あるやん?あれがいやで仕方なかったの。
でも、去年ぐらいからかなぁ?段々美味しいって思うよ」と彼女が言った。
「すごくわかる、それは。カクテルとか飲むんだけどさ、ついつい飲んじゃうってなってる」とぼくが答える。
「誰が決めたわけでもないだろうけど、オトナ入門?」、「ははは、入門入門。たしかに誰も決めてないねー」とお互い笑った後に、
グラスに手を伸ばしてビールを喉に流す。店に入った時は3か4組ぐらいだった店内も2組今入って来てたから、混み合ってきたようだ。
このお店は学生たちはほとんど居らず、社会人が多くて、馬鹿騒ぎするお客さんがほとんどいない。
店員さんもアルバイトさんはたぶんいないと思う。
でも、ぴしゃっとしたスーツじゃなくて、お揃いのシャツを着ているからいい具合にこちらも気が抜ける。
「今日さ、昼間にたまたまTVを見てたらね、高校野球をやったの。」、「あ、そういやそんな時期だね。」とぼくが答えると、
彼女は続けて「でしょ。わたしもそんなに真面目に見てるわけじゃなけど、
大学の時に1年と2年だけだけどテニスサークルに入ってたからだと思うけど、
高校生とかスポーツの大会を見てたりすると妙にさ、この人たちが入ってくるんだって思っちゃうのよ」。
ぼくは体育会系に入った事が学生の頃はなかったけれど、仕事だとそういう所が求められたりするから、
「そうだね、見送る側っていうか、そういう目で見たりするわ。ただそれって、出る側を経験したってのが大きい気がする。」
と真剣になりすぎために普段どおりに話す。
「あぁ、なるほどね。可愛くなっちゃうんだよね、高校に入った時に、わたし中学生が可愛くてしかたなったもん。」
と自分の体験談に引きつけて身にするあたりは彼女らしい。
「ところで今何回戦まで行ってるの?」と後どれぐらいまで続くんだろうと気になったのでぼくが尋ねると、
「今日がベスト4だったから、明後日が決勝みたい。」、と教えてくれた。
「それにしてもさ、外野のスタンドにいる応援団とか観客とかって、ほんと気持ちよさようだねー」
と彼女が高校球児からスタンドに話を続ける。「だねー、おれは球場とかって行ったことないからわからないけど、
言われてみれば選手たちより気持ちよさそうだねー。今年の夏でも行ってみようか?」、
「うん、いいね行こうよ。まぁこういうのって、言ったきりで行かないことって多いでしょ?でもほんと行きたいね。
高校野球に限ってじゃなくて、ライブとかコンサートとかでもいいから。」と彼女は嬉しそうな口調と表情をしながら言った。
「行こう行こう、ついつい映画とか家でDVDかCDで終わっちゃたりするけど、現場っていうか、現地っていうか、
そういう所に足を伸ばしたいって前からおれも思ってたの。
めんどくさかったり、仕事の都合とかを優先するのが一番なんだけど、そういうエリアを広げるようなことをしたい。」
と彼女がいるからこそ素直に言い、「そうだね、温泉とかキャンプとかも。
これもビールと一緒かもしれないけど、前は雑誌とかに載ってる遊び方みたいのって、
真似してる感じがしてすごく嫌いだったけどさ、そういうのは気にせずにやりたいよね。」、
「おれたちも、そろそろ中級編かな」とぼくが言った後に二人でうなずきながら笑う。

となりの席の後ろにある窓から木が見える。今までだってそこに植えられていて、突然今存在したわけでは当然なくて、
ぼくが店に来る前からも、そしてもっと前のこの店が出た頃からあるはずだ。
春が近いけれどまだ実りや葉っぱはなく、幹と枝の影だけがガラス越しに見える。
庭と言うにはあまりにも狭い、勝手口に通じる路地の傍らにあるのだろう。
今は太陽が無く、何に照らされているのだろうか。月も空の中にはあるが、照らす程高くも輝いてもまだない。
唯一あるとするならば、お客さんの話し声や店内で聞こえるオーダーの声と近くを通り過ぎる往来する人たちの声などだろう。
昔だったら野良猫なんか路地の中を寝床にしているのが数匹居たりしたようだが、近頃はほとんど見かけず、
これも近頃じゃ随分減ったカラスがゴミ袋を目当てに飛びに来るぐらいだろう。
良し悪しはともかく、グループで行動している動物的な存在は人ぐらいだろう。ぼくはそれはそれで人らしくて、好きだ。

「あっ、そうだお土産を渡すのすっかり忘れてた。」と二杯目のビールが運ばれて来て飲んだ後に言った。
「お土産?おれに?」と先日出張に行っていた事は知っていたが、
まさかお土産を買って来てくれるとは思いもしなかったので素直にそう聞いた。
「うん、横浜に出張するって、メールで話してたよね。で、
最後の日が午後にこっちに帰ってくる予定だったからそれまではフリーだから、近くの美術館に行って来たの。
その時に買ったポストカード。はい。」とポストカードが調度入るぐらいの紙袋を鞄の中から出して手渡してくれた。
「ありがとう!すごい嬉しいわ。開けるね?」、
「うん、行った時は個展とかじゃなくて、企画展っていうのかなぁ?詳しくはわからないけど、
ヨーロッパの作家が作った絵だとか写真だとかデザインなんかも色々有ったの。
こっちでもたまにしか行かないけど、あんまり無さそうな企画だったから面白かった。
たしかそのカードの人は、ドイツ人でさ、モノトーン系が全体的に多くて、この人のもモノトーンが多かったんだけど、
色味があって気にいったから、それにしたの。好きそうだしね。」、と微笑みながら話した。
「うん、好きこの感じ。アジア的な原色が多いのは見てると面白いけど、手したりするのはないんだよね。
やっぱり、欧米が好きなのかな?特に北欧とかの色とか風土みたいなのが性に合うみたい。
写真とか見てても派手なのは夜景とかフェスティバルぐらいで、落ち着いてる感じが好きみたいだわ。」。
大学時代に専攻して学んだ知識じゃないけれど、他愛も無い会話や遊びとして、遊ぶのは二人とも好んでいて、
よく食事に行った席で今も続いている。年に数回だが、美術館に行って見たりして、飽きずにこれも続いている。
「前に何かのTVでドイツのアートを特集してた。音楽だとあまり目立たないけれど、アートは今熱いみたいだね。」
ぼくの話しに続けて彼女は言った。
「へぇ、なんていうのかな・・・、日本で聞いていると音楽とかもタイムリーに聞いたりするようになるけど、
実は音楽も含めてアートってタイムリーに追うばかりじゃなくて、ペースは見る側にあったりするのがいいなぁと思う。」、
「なるほどねぇ、そう言えば日本だとそういうのに関わるっていうか、見たりするのが仕事っぽいよね。」、
「ぽい、ぽい。なんだか、お疲れさまって気分になるね。」グラスを上に挙げて、ぼくは笑いながらぼくは言った。