187 捨てる

毎日、たくさんのものを得ていたりする。
この時代は、とくにそうなのだろうと思う。
それは、自覚してする、しないに限らずに。
だから、ついつい、溜まってくる。
物として表にあるものや、情報として実体のないもの、
思考として出しにくいもの。
色んなのがあるだろう。
これらもいつまでも、置いてるわけにはいかない。
どんどん置いていくと、場所がなくなり、
隙間に挟み込んでしまう。
そして、いざとなったら、はて、どこへやら。
大事なときや、来るときが来たらと、
置いていたはずが、出せなかったりする。
それは物に限らずある。
情報だって、思考だって、そうだろう。
では、どうやって捨てればいいのか。
これがなかなか難しい。
なぜ難しいのか考えてみると、
ひとりひとり状況が違うからだろう。
忙しい毎日のなかで、必要なものが違う。
そう、必要なもの。
必要なもの=必ず要るもの、
言い換えれば最低限いるものということだろう。
それ以外の物だと補充をすればよいし、
情報だと聞いたり検索してみればよかったするので、
忘れてしまったり、なかったりしても、なんとかなる。
さて、その必要なもの。
これもまた戻ってしまって、
これがなかなか難しいとなってしまう。
それもやはり、ひとりひとり違うからだろう。
じゃ、どうするか。
ひとりひとり違う、それがわからない。
つまるは、自分ではわからないということだろう。
しかし、それであきらめることはない。
自分ではわからないのなら、他人事として、
わかることがある。
自分で思っている以上に、自分のことをわかるのは難しい。
だが、他人事として見てみる、客観的な視点で見ると、
想像以上になるほど、と思えることがある。
自分でなるほどと、納得させるのは、これは愉快だ。
視点を変えるっていうのは、多面的に見えて、面白い。
つまらないやとるらないなんて思ってたものが、
視点を変えて、視野を広げられたら、急に面白くなったりする。
そう考えてみると、面倒くさいと思えた捨てる作業というのも、
これはこれで、いかしたやつのようだ。
大事なものはなんだろう?と、
得ようとするよりも、捨ててこそ、見える大事なものがあるはずだ。