143 終戦記念日06

今戦争っていうものが、
とても語れるようになった。
太平洋戦争などはなにだったのか。
若者にとって、年配者にとって、戦争とは?。
そもそも戦争とは何になのだろうか。
しないためには何をするべきなのか。
アジアとして、
日本として、
戦争とどう関わっていくべきだろうか。
アメリカ・国連はどう関わっていくべきか。
議論が盛んになっている。
日本のシステムや思想というものを、
問い質す必要を問われたりする。
しかし、それ以上に人っていうものが
すべての土台で、それこそが必須だと思う。
人とというものは、心技体というものがある。
これをバランス良くする事は難しいことだ。
心、豊かで強いものが必要だ。
技術、仕事や生活をおくる為に必要だ。
体、心と技術は体に帰って来る。
そう思っている。
日本は元々、豊かな心とそれを支える体っていうものを持っていた。
しかし 、戦後に
技術ばかりが問われ、強いものが変わり続けた。
強きお金、
強き商品、
強き理論、
強きシステム、
強き頭、
そうやって転がし続けた。
だが、強気心は語られただろうか?
本当に強い心をもった人たちに学んだだろうか?
転がり続けた強きものを武器にする事無く、
強き心をもった事はあっただろうか。
本当に強き心をもった人たちを大人として認めるべきで、
それが出来なければ本当に戦争を終わらせる事が出来ないのではないだろうか。
苦渋の決断というものがある。
もしかしたら、資本主義をすべて捨てる必要があるかもしれない。
もしかしたら、この戦後全てを否定する必要さえあるかもしれない。
それぐらいの断固たる決意をもって語りあわなければいけない。
靖国問題
アジア外交
日米関係、
憲法問題、
自衛隊問題
北朝鮮問題、 などなど沢山ある。
がしかし、
戦争は何を言おうが大量虐殺なんだ!ってことを言うべきだ。
我々の家族・友人・知人が殺される事なんだ!
っとブレる事無く言うべき時だ。
そして、我々がどんな事があろうが戦争をしない、関わらない
生活形式ってものを確立するべきじゃないだろうか。
それを貫く、心の強さ・豊かをもちたい思う。