129 格差社会

この国の行方が問われる切欠はどこにあるのだろうか。
根本は第二次世界大戦の敗戦からでした。
否定などというNOというものではなく、
こちらへ来て下さい、あちらへ行こうと舵を動かした。
日本復興という美辞よりも昨日を生きた、そして今日と明日をどうすごすか。
それが戦後であった。
そこから高度経済成長に入る少し前から生きるから、暮らすへと移った。
衣食住の内、食の所在がはっきりとしてくる時期である。
衣からファッションが生まれ、カルチャーとなり、
住からニュータウン、団地、同棲というライフスタイルが出来た。
デパートと商店街が出来たのがこの頃であった。
都市と田舎という区別がなされるようになった。
バブルが到来した。
衣はブランド、住は一戸建て、食は外食のレストランとスーパー。
車が一家に一台。
生きるに困るって事を忘れたかもしれない時期だった。
そして、バブル崩壊
この頃に所謂勝ち組と負け組みという思想が生まれた。
経済動向、株価への不安、学歴社会、金融不安、教育、税金、
さまざまな社会不安が問われはじめた。
その中から出てくる優良会社 と優等生たち。
その「優」と付く理由としては、
自分たちの「会社」が危ない、
自分の「家族」が危ない、
「自分」 が危ないを個々に抱えた中で、
「危ない」よりも「安心感」のようなものを持っていた人たちだった。
「危ない」中を「生き抜いた」 とはまた違っていた。
2000年代に入る。
ネットの急速な普及、携帯電話の常備保持、
学歴、知識、海外、ブランド、高級志向、六本木ヒルズ、株、
コンビニ、カジュアル、オタク、健康・スポーツ、
仲間意識、ひきこもり、孤独・・・、
あらゆる価値が生み出され、選択する時代になった。
その選択したものを得るための手段がお金である。
しかし、お金無き者は負け組みとされる。
あれ、おかしくないかと思う。
戦後ずーっとお金はでてこなかった。
出てきたのは、バブル以後。
そして何よりも生きるだったはずではないのか。
飽食の時代になり、贅沢をしなければ駄目という価値に、
摩り替えられ数年。
それよりも、共に生きるそして共に国として暮らす
それが本望であった。
競争意識から生まれた格差とも言われるが、
国とはひとつの共同体である事を忘れてはならない。
隣りに座る人間を負かす国なんて聞いた事ない。
隣りあいながら共に生きるのはどうだろうか。